病気は『私の一部分』
私にとって病気って、
一つの『アイデンティティー』っていうか、
『個性』っていうか、
『私の一部分』になってしまっている。
そういう考え方とか病気のとらえ方って、悪いことではない、と思いたい。
病気をまるまる否定するって、
イコール、今の私を全否定するってことになってしまうもん。
でも、もう一つの思いもある。
病気が『私そのもの』になってしまうんじゃないかな、って。
それはあまり良くないと思う。
病気は『私の一部分』。
病気が『私そのもの』。
この二つには大きな違いがあると思う。
病気になって、仕事も辞めて、家にひきこもって、社会との関わりがなくなった。
自分が何かに所属しているって実感できないのは、
自分の存在がふわふわしてて、不安になる。
社会から切り離されてるかんじ。
自分一人だけ取り残されてるかんじ。
だから、『病気』に所属していると勘違いしがち、っていうか。
うまく言えないけど。
もちろん治りたい。
元気になりたい。
でも、長い間病気を患って、社会から離れて暮らして、
社会との間に高くて分厚い壁がある生活をしていると、
社会が怖くなる。
病気じゃなくなったら、何もない丸裸の自分で勝負しなきゃならない。
これって、病気が『私そのもの』になってるってことかなって思うの。
『私そのもの』の病気が治ったら、
私から病気を引いたら、
一体何が残るのかなって。
これって良くないよなぁ。
私の中に、こういう気持ちが少なからずあるって自覚することって、大切だよね。
私の病気は、考え方とか物事の捉え方がすごく関係してる。
私の中のどういう考え方が病気になりやすいかを見極めて、
どういう考え方をしたら病気になりにくいのかを知って、
それを自分のものにしていくために何度も練習していく。
そしたら、新しい自分が出来上がっていく。
『今までの自分』の中から『良くない考え方』を引いて、
『新しい考え方』をプラスして『パワーアップした自分』を作っていく。
そんな自分になれたらいいな。
そんな自分なら、少しは社会が怖くなくなるかな。
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